鉛筆なめなめの日々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

通過儀礼としての中二病

京都アニメーションの今期の作品、「中二病でも恋がしたい」
前半はおバカな軽いノリできたが、7話からはシリアス展開に。
六花の中二病の原因は父親の死を受け入れられない現実逃避にあるらしい。
また本来父親の死を受け入れられない六花をフォローする立場の母親がいなくなった事も影響しているだろう。
六花の中二病アイテムが眼帯というのは、象徴的だ。
現実から目を背け、眼帯下にある邪王真眼でしか六花は物を見る事ができない。
そうなるとこの物語の終着点はどこになるのか?
ここまでの流れだと六花が父親の死を受け入れ、現実に目を向ける事が終着点になるのが自然。
しかし、それは中二病からの卒業を意味する。
もともと「中二病」というのは、はしかみたいなもんで、大人になる過程での通過儀礼たのだが、六花が中二病を卒業してしまうと「中二病でも恋がしたい」ではなくなってしまう。
その辺りはどう終わらすのかな?
2期を考えているかどうかというのも関係あると思うけど。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。