鉛筆なめなめの日々

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氷菓 クドリャフカの順番解決編

いよいよ解決編を迎えたクドリャフカの順番編。
序盤で奉太郎が謎解きをするシーンが来たのは少し驚いたが、謎解き自体は見事。
これまで視聴者に提示されてきた要素から見事に謎を解いてみせた。
ただ奉太郎の姉が「夕べには骸に」を持ってきたのは、ちょっとご都合主義か。
しかし奉太郎の姉も昨年の文化祭で「夕べには骸に」を購入し、今年は「クドリャフカの順番」を購入するつもりで文化祭に来たものの、壁新聞を見て全てを理解し、奉太郎に託したとも考えられる。
ちょっとチートな感じだけどね。
この「クドリャフカの順番編」のテーマは「(才能を)持つ者と持たざる者」
探偵としての才能を持つ奉太郎と持たざる里志。
作られる事のなかった「クドリャフカの順番」に絡む持つ者達と持たざる者達。
高校生というのは、ちょうど「若さは無限の可能性」と言われてきた時代から、自らの能力の限界に気がつき始める頃なのかもしれない。
皆が平等にやらされる勉強よりも、趣味の範疇に含まれる音楽や漫画製作といったものの方がよりそれを強く感じるかもしれない。
これは、愚者のエンドロール編の入須先輩と奉太郎の会話にもあった「能力を持つ者の無自覚は…」にもつながるこの作品のテーマなんだろう。
序盤の明るい文化祭から、漫研から聞こえ始めた不協和音、奉太郎にライバル心を燃やす里志に広がり、「青春は優しいだけじゃない。痛い、だけでもない」というコピー通りのストーリーを描き切った「クドリャフカの順番」は、これまでのシリーズ中、白眉の出来だ。
最後に元の古典部の四人に戻るところ、そして千反田の透明感に救いはある。
「青春のほろ苦さ」を描いている氷菓であるが、 「クドリャフカの順番」は氷菓編、愚者のエンドロール編の後味の悪さとは違った、逆説的な青春賛歌に感じる。
誰もが経験する劣等感、悩まずに大人になった人などいない…序盤の文化祭のガヤガヤ感も含めて、これはそんな青春の一ページを描いた青春賛歌である。
氷菓、長編3本目にしてここまでの傑作が来るとは思わなかった。
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